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【禁言ブログ】カネ以外 我々にあるものは

2012年05月26日
【新唐人日本2012年5月27日付ニュース】
 
カネ以外 我々にあるものは
 
新浪ブログのある文章が、今の中共統治下の中国―金銭至上の社会を論評した。この社会の政府、企業、個人にかかわらず、みな金のために奮闘している。
 
政府を見てみると、金のために国の資源枯渇も顧みないで、大量輸出で外貨を稼いでいる。環境汚染や土地コストを顧みず、優遇策で外資を誘致する。金のために、庶民の金で米国国債を購入し、石油、食糧、鉄鉱石などを購入。しかし、買うときは値上がりし、買った後は暴落し、大損ばかりだ。金で「調和」「平和」を買い、金で全て解決できると思っている。
 
各業界、各部門は「銭に向かって走り」、主要目標は企業利益を上げること。金のためには各種名目で金を徴収する。事業であれ、責任であれ、全て金で解決する。官僚は贈収賄で、もう一つ上を目指して、更なる大金を目指して奮闘する。
 
商人は金のために着色饅頭、着色玉子、毒米に痩肉精。衣食住の全てがニセモノで腹黒だ。頭の中はカネ以外他に何がある?
 
スターは金のために冒険し、教授は金のためにプロジェクトを引っ張り、偽論文を書く。金のために教師は課外補習クラスを開き、医療関係者は袖の下をもらう。金のために農家は農薬を打ちまくり、果樹に早熟剤を打つ。金のためなら手段は選ばない。
 
偽学歴、偽警察、偽和尚、偽衣料、毒食品、偽薬、偽酒…全ては金のため。偽、偽、偽、 社会全体が「偽」の時代に入ったようだ。信じられるものはあるのか?
 
「全ては銭のために」。この風潮は社会の価値観を変え、人々のモラルは変わった。人を判断する基準も変わり、成功の証は「官僚になることと、大金を儲けること」。このような価値観の下、全ては金のために、金のためだけに生きる。金のために道徳や良心を捨て、気骨と人間としての最低ラインさえ捨てる。
 
社会が必要としているのは?国家が必要としているのは?人々が必要としているのは?「カネ」だけなのか?
 
 
庶民はなぜ改革に反対するのか

 

「鳳凰博報」のある文章が、中共が長年「改革」の名の下で行ってきた略奪をこう評価した。
 
多くの人は錯覚している。庶民はいつも改革を支持していて、利益集団こそが改革の障害であると。しかし、実際にはその逆だ。なぜなら、改革が利益集団の庶民に対する略奪になっているからだ。
 
税制改革によって、政府が金持ちになった。就職制度改革によって、庶民の就職競争は激しくなり、官僚は着々と昇進する。なるほど、我らの鉄の茶碗を壊したのは、官僚に金の茶碗を持たせるためだったのだ。
 
金融改革によって、銀行は暴利を享受し、国営企業は豊富な融資を受け、民間企業は金を借りる所もなく、庶民はインフレを「享受」する。
 
国営企業の改革によって、独占が強化され、発展改革委員会は物価の上昇に協力する。住宅改革によって、サラリーマン階級は一生家が買えない。
 
医療改革によって、ある人は無制限に公費医療が受けられ、ある人は病気一回で破産する。
 
教育改革によって、……。言うまでもない。悲惨だ。
 
具体的な改革を見てみると、電気価格の改革はつまり、電気料金の値上がり。水道価格改革はつまり、水道料金の値上がり。精製油定価改革はつまり、ガソリンの値上がりなのだ。
 
税制、住宅、医療、教育の改革の悲惨な結果から、庶民たちは認識した。権力者のいわゆる「改革」の真の目的は「略奪」なのだ。「改革」はすでに「略奪」の同義語になっているのだ。
 
だから、現在の状況は、改革が好きな官僚は目を光らせながら一つ一つ改革していく。毎年改革し、毎月、毎日改革したがる。庶民は改革に反対だ。檻の中に閉じ込められ、一回一回胆汁を抜かれる黒熊のように、恐怖に脅えながら見ている。権力者が「改革」という名の大刀を持って一歩一歩近づいてきているのを。
 
文章は最後にこう結んだ。政治改革の前提がない限り、経済改革は必然的に野蛮な略奪になる。行政の独占を強化し、政府権力を強化し、政府の懐を肥やす事になる。皆が見ているように官僚が擁護している改革とは「経済だけ改革し政治は改革しない」。つまり、庶民が反対している所謂改革なのだ。
 
 

 

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